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2008年11月20日 (木)

固さとやわらかさ

私は居酒屋が大好きでよくでかけます。

なんとなくあのざわめきの中にいると、心が和みます。一人で行っても十分楽しめます。ではどうして居酒屋はくつろげるのでしょう。

それはやはり、あらゆる人たちが集まるからだではないでしょうか。一般のサラリーマンや教師もいれば庭師もいます。タクシーの運転手もいれば大工さんもいます。まことに人種のるつぼです。そしておたがいにその存在を認め合って、今宵ひと時を楽しくすごします。

そこには、おたがいの相互作用があります。そこに私はあるやわらかさを感じます。この相互作用ということがどうもやわらかさのポイントのようです。相互作用がなければ固さを感じます。

世の中にはいろんな組織があります。やわらかい組織もあれば固い組織もあります。命令の服従が絶対の軍隊や警察はいかにも固そうです。国でいえば、民主国家はやわらかくて独裁国家は固いイメージです.。人でも他人の話を受け付けない頑固なひとはやはり固いですね。

では学校はどうでしょう。現在の日本の学校は生徒がみんな黒板の方をむいていて、先生の教えを一方的に受けるという相互作用はあまり受けにくい形式で、やはり固さを感じます。

そこへいくと、欧米、とくに北欧などの学校は机の配置からして全然違っており、生徒どうしの意見交換が活発にできるようになっています。大いにやわらかさを感じます。

21世紀は共生の時代だとよくいわれます。しかしそのためには、互いが互いを認め合うことが大前提です。日本もそろそろ学校制度を根本的に考え直す時にきているのではないでしょうか。

では塾はどうでしょう。学校よりは自由度が大きくやわらかいと思います。でも様々な塾があるので一概にはいえません。やわらかさということは、教育にとってもっとも大切な要素です。多様性の源でもあります。今、塾のなすべきことは、相互作用を大切にし多様性に溢れる子供を育てることではないかと不肖,私は思っています。学校には制約があります。その点、塾は自由です。理想を追求してこそ塾の存在意義はあるのではないでしょうか。

かくいう私はどうでしょう。やはりちょっと固そうですね。
                                                                                廣瀬

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コメント

「理想を追求してこそ塾の存在理由がある」ことはおっしゃる通りです。ただ、その理想を何ととらえるかが塾によってまちまちで、それも多様性かもしれませんね。

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