学習塾

2008年5月13日 (火)

もう一生、酒は飲まんぞ

 昨日は、くろしお進学会の定例総会と懇親会がありました。久しぶりに高知のお街で飲めるのが嬉しくて、ついつい度を過ごし、二日酔いに苦しむ一日でした。

 一次会は会費5000円の飲み放題コース、意地汚い私は「飲まなきゃ損損」みたいな感じで、タイムリミットすれすれの時間にきつい黒糖焼酎を頼んだりするもんですから、酔いがぐぐっとまわり、二次会のカラオケスナックでは馬鹿騒ぎ・・・。

 マイクを回されると、最初は遠慮がちに歌うのですが、一曲やってしまうと関を切ったように気分がハイになり、歌うしゃべる飲むを繰り返します。

 水割りは「薄く作ってね」と店の外人の女の子、いや女の人(ロンドン出身の40歳代だそうです・笑)に頼んでいますが、それでも歌を歌い終えるごとにがぶがぶ飲んでいると、知らず知らずにアルコール摂取量は肝臓の働きを越えてしまうのです。

 朝は、咽喉が渇き、倦怠感と気持ちの悪さと、そして何より前日の自分の酔っ払った挙げ句の醜態を思い出し、自己嫌悪の極地です。飲んでいる時は、アルコールの作用で気分が良くハイテンションになりますが、翌日の気分の悪さといったらありません。

 ちょっと前に、担当してもらっていた精神科医の先生から「アルコールには、酔いが醒める際に、気分をうつにする薬理作用があるから控えなさい」と言われていた通りです。本当に今朝の気分はどん底でした。

 釣りにいく気にもなれず、何とか体と心の状態を元に戻そうと、水を何倍も飲み、横になっては体を休めました。午後3時頃にはなんとか体調は、7割がた戻りましたが、それでもまだけだるさは残りました。

 「もう一生、酒は飲まんぞ。決心した」

 今朝、布団で唸りながら、大声で宣言しましたが、家族の誰一人として信じてくれる者はいません。だって、これまでにも何十回何百回と繰り返しては、破ってしまった断酒宣言ですから(笑)。

 実際、2週間後には、夕べとほぼ同じメンバーで、窪川の奥の松葉川で蛍鑑賞会と銘打った「飲み会」を企画しているのですからね。それまでは、できうる限り休肝日を多く設けようとは、真面目に思っています。

by kururin

2008年4月26日 (土)

土佐高校・入試刷新

 少子化の荒波をもろにかぶる私たち「学習塾」稼業は、塾生を確保するのに四苦八苦の状況ですが、これは県内の私立高校もまったく同じのようです。

 天下の土佐高(これは私が勝手に付けた呼び名ですが・笑)ですら、今年度の高校入試・一般では「定員割れ」してしまったのです。

 平成20年度 総定員 60名
 推薦受験数 47名 推薦合格数 43名
 一般志望数 20名 当日欠席 6名
 一般受験数 14名 合格数 10名
 実質倍率 1.40倍

となっています。土佐高校が定員割れなんて、前代未聞の事態で、学校関係者に衝撃が走ったことは想像に難くありません。中学入試も1.25倍の低倍率で、易化の度合いは激しく、超難関だった昔日の面影はありません。

 危機感を募らせた学校は、この現状を打破すべく、新機軸を打ち出してきました。これまでの県内私立高入試の慣例を打ち破るフレッシュな内容です。他校の入試の形式にも、かなりの影響が出ることが予想されます。

 土佐高をはじめとする県内難関私立校の志望者・受験者のはなはだしい減少の原因は、追手前高校の大学進学実績の躍進であることは明らかです。それにプラスして、疲弊した県内の経済状況があります。高い月謝を家計から捻出することができない家庭の割合が、年々増えているという現実も公立の雄・追手前志向に拍車をかけているのです。

 先日、「土佐高入試が変わります ~みなさんのチャレンジを待っています!!~」というタイトルの案内チラシが郵送されてきました。

  http://www.tosa.ed.jp/index.html

 思い切った改革で、高校入学志望者の減少に歯止めをかけようという狙いがはっきりと表れています。刷新された内容は、3点。「推薦・一般の募集人数」「推薦資格」「筆記試験の科目」です。ずばり、入りやすくなりました。超難関だった昔とは隔世の感があります。

 高校からの入学定員は、60名。その内、推薦入試では今年まで約40名の募集だったのが、約50名に増やされました。83%を推薦で確保します。追手前高の「前期選抜試験」で、優秀な中学生を根こそぎさらわれることを阻止する狙いが、ここにあると思われます。

 基本をがっちりと固め、ひたむきに学ぶ素直で謙虚で真面目な中学生は、高校に入ってから伸びます。難関・土佐中学に合格しただけで目標を達成したかのように喜び、浮かれて、学ぶ姿勢を失ったエスカレーター組の多くは、あっという間に、高校編入組に抜き去られてしまうのです。

 推薦資格はかなり緩められました。

A:中学3年時の評定平均値が8.2以上(5段階は4.1以上)の者←今年度=8.6以上

B:中学3年時の評定平均値が7.4以上(5段階は3.7以上)の者で、次の①~③のいずれかに該当する者←今年度=7.8以上

 ①県レベル以上の大会・コンクールで4位以上に入賞した者

 ②客観的に認められる卓越した技能や能力を有する者

 ③英語検定準2級以上、子ども県展推薦・特選、読書感想文コンクールで県の最優秀・優秀受賞など、高い能力がある者

 一般入試では、まず募集人数が「若干名」←今年度=約20名、と変更されました。これは「ほとんどを推薦で確保しますよ」という宣言に近いと思います。

 そして、目玉は筆記試験の科目が、国語・数学・英語の3教科になったことです。←今年度:国・数・英・社・理。英語は、リスニングが新たに出題されるようになりました。

 土佐高をはじめとする、私立高校入試の様変わりぶりには驚かされます。加速する少子化の波、疲弊する高知県経済の状況による各家庭の家計の逼迫(ひっぱく)からくる公立高志向、生き残りをかけて土佐の入試改革・刷新に強く影響を受けて、他の私立高校も追随することが予想されます。

 いち早く制度改革を行い、公立の核となる一校=追手前高に県下の優秀な中学生を寄せ集める方針を実施した県教委の狙いが的中し、公立中学→追手前高→国立大学という流れが確かな、うねりを伴った潮流に成長しました。

 厳しく、粘り強く、そして手厚く受験指導を行い、中高一貫の私立校と遜色(そんしょく)のない大学進学実績を出し始めた追手前高への、受験生の流れをなんとしてでも食い止めるべく、私立の各校は知恵をしぼり、戦略を考え出そうと奮闘努力している姿勢がうかがわれます。

 しかし、ひょっとして、もう「時すでに遅し」かも知れません。だって、今年度の追手前高の国公立大学進学実績って、素晴らしいですから!東京大・京都大・大阪大が揃っている上に、大阪大学なんて7名合格中、現役が7名なんですから。中学入学の段階から、私立の行く意味がなくなります。

 土佐・学芸など難関私立の最後の砦=存在意義は、「国公立・医学部」への合格者数で、追手前との差を表すしかなくなっているのが現状です。

 追手前高HPよりのコピペです。

『 平成20年度国公立大学入試 合格者数 142 [3/24(月):現役]

東京・京都・大阪・九州・筑波・ 横浜国立・埼玉・東京学芸・東京農工・金沢・信州・大阪教育・神戸・広島・岡山・滋賀・鳥取・島根・香川・愛媛・徳島・高知・九州工業・大分・琉球・首都東京・ 都留文科・横浜市立・高崎経済・群馬県立女子・京都府立・京都市立芸術・大阪府立・大阪市立・神戸市外国語・兵庫県立・県立広島・岡山県立・山口県立・下関市立・高知女子』

 高校入学から、センター試験まで、2年と10ケ月でここまで受験生たちを鍛え上げ、仕上げて、合格させる指導力・情熱・全校を上げての真摯な取り組みは本当に賞賛に値すると思います。

 我が塾から追手前高に進学したOBたちの、近年の大学合格実績(大阪大学・九州大学・高知大学医学部医学科など)からも、追手前高時代の到来を膚で感じます。

 by kururin

2008年4月17日 (木)

若者たちの未来に幸多かれ

 満開を過ぎた桜の花びらが、春の強風に舞い散っています。今春の桜も後4~5日で盛りを過ぎ、青葉若葉の季節に移って行きます。

 昨日は、中学校・高校の入学式に相次いで臨席してきました。午前中に本降りだった春雨も、午後には上がり、お日様が顔をのぞかせました。入学を祝うにふさわしいお天気になって、本当に良かったです。

 ピカピカの中学1年生たちは、ぶかぶかの制服に身を包み、緊張した面持ちで入場していました。まだまだ体格的に小っちゃくて、表情にもあどけなさが残っている少年・少女が多いです。喜びと不安と期待の入り交じったその初々しさに、何かしら胸熱くなりました。

 高校の入学式は、荘厳な雰囲気の中で粛々と進行して行きました。3学年違っただけで随分と大人びています。ブレザーの制服もみなさん決まっていて、フレッシュで素敵です。まだ洗練されていない新米の高校生ですが、日に日に成長し、逞しく、また女の子は美しく変身していくことでしょう(笑)

 中1クラスの塾生の皆さんや、3月に塾を巣立っていったばかりの高校1年生の皆さんの入場してくる姿を見つける度に、感動に胸が熱くなります。手が痛くなるほどに祝福の拍手をさせてもらいました(笑)。もちろん、新高1と新中1に上がった我が娘たちにも。

 新中学1年生、高校1年生に進級されたみなさん、入学の時の感激の気持ちを忘れずに、自分の夢・目標達成のために、充実の3年間にして下さいね。春秋に富む、若者たちの未来に幸多かれと祈っています。

 ちなみに、「国歌斉唱」の際には、中学校では、起立を促すこともなく、テープから君が代流れただけで、高校では「全員起立」の掛け声とともに職員・生徒・保護者が立ち上がりましたが、私の前に座っていた女性は座ったままでした。立つも座るも自由ですが、勇気がいりますよね。

(4月8日・記)

 by kururin

2008年3月24日 (月)

習熟度別クラスへの訣別

昨年度まで、きめ細かな授業を行うため中学三年生は習熟度別クラス編成を採用してまいりましたが、本年度より廃止いたします。

それは、クラス全員の学力を上げるためには、やはり混成クラスの方が有効と考えるからです。学力上位の者も中位、下位の者も共に助け合って伸びていこうというクラスこそが正しく、また効果も上がるクラスだと考えます。

英語は得意でも、数学は苦手、あるいはその逆もあるでしょう。そしてお互いに教えあう、そういうクラスの方がモーチベーションも高く、雰囲気もずっと良くなると思います。

但し、ある程度の人数になりますと、一人一人きめ細かい指導を行うために、クラスわけはどうしても必要になってきます。その時には習熟度別ではなく、まったく平等にクラスを分けるといいと思います。

昨年度の冬期講座では同じくらいの学力の者どうしでじゃんけんをさせて分けましたが、けっこううまくいきました。

やはり、自尊心をいたくきずつけられるような分け方は慎むべきだと今は心から反省しています。

                                                                廣瀬

2008年3月18日 (火)

合格発表の報告

 敗軍の将、兵を語らず・・・的な心境です。

 「全員合格」を唯一無二の目標として掲げ、それを達成することを絶対の目標とするのならば、ボーダーライン上の塾生を志望校変更させ、安全圏の学校を受験させることにより、それを達成することはた易いです。

 でも、私は基本的には塾生の一人ひとりの意思をあくまでも尊重し、一つ上のレベルの学校にチャレンジしようと決意した人にはとことん応援し、指導し、全身全霊をかけて合格に導いていくという方針を貫いています。

 模擬テストの偏差値や実力テストの成績は目安にはしますが、それだけをたよりに実際の受験校を輪切りして決定するということはしたくないのです。難関に挑戦する塾生たちを学習面でも精神面でも出来うる限りバックアップして、奇跡の合格や逆転満塁ホームランでの合格を演出することに無上の喜びを感じるのです。

 逆に、偏差値が高いからと言って、無理に高偏差値の学校を勧めたりもしません。塾生一人ひとりの強い決意を尊重するというのが一貫した考え方です。

 この受験校の選定の仕方にはもちろんリスクが伴います。慎重を期して安全圏の高校ばかりにすればなんぼか気が楽なのですが、

「若者らしく難関にぶつかっていけ!やるだけやればきっと道は開くことができる。

 もし厚く高い壁に跳ね返され、涙を流すことがあっても、それはきっと君を人間的に成長させてくれる貴重な体験となるはずだ。

 なにより、最善を尽くし、最後の最後まであくまでも志望校をにらみ続け、粘り強く頑張りぬくことこそが大切なことなのだ」

と話をして、ともに走りぬくのです。その結果が、思いの叶う成果=合格となることを信じて・・・。

 今年度もそのような方針のまま、けっして中途で夢や目標をあきらめることなく、最後まで共に努力を継続し続けてきましたが、残念ながら、またしても厳しい結果に涙を呑みました。

 でも、再募集で合格した者は、正規の合格者ではないのでしょうか。そんなことはありません。前期・後期・再募集とすべて同じ高校入試なのです。価値に何らの差もありません。ですから、「全員合格」はすべての入試が終わってから掲げるべきものであっても、ひとつもおかしいことではないのではないのでしょうか。

 そもそも「全員合格」なんていうことをお題目やスローガンのように掲げるばかりが能ではありません。しかし、チャレンジする気持ちを尊重しながらも、再募集を待つことなく後期選抜の時点でそれを見事達成できて、快哉を叫ぶことができる日の実現を目指し、また新たな歩みを始めたいと思います。

 公立高校後期選抜試験での合格者は次の通りです。

 追手前高 自然科学   A君 (葉山中)
 追手前高 人文語学   Bさん(久礼中)

 小津高  普通科区外  Cさん(須崎中)

 高知商  総合ビジネス D君 (須崎中)

 高知西高 普通科区外  Eさん(上分中)
 高知西高 普通科区外  Fさん(須崎中)

 高知東高 看護科    Gさん(須崎中)

 丸ノ内高        Hさん(朝ケ丘中)
 丸ノ内高        Iさん(朝ケ丘中)

 須崎高         Jさん(須崎中)
 須崎高         K君 (須崎中)
 須崎高         L君 (須崎中)
 須崎高         M君 (須崎中)

 須崎工業機械科     N君 (須崎中)
 須崎工業ユニバ     Oさん(朝ケ丘中)

 本番入試での健闘空しく涙を呑んだ塾生は、2名でした。一人は高知高校に合格していますが、後期選抜の入試本番では、250点満点中196点(自己採点)取っていましたので、ひょっとして合格できるかも・・・と期待していましたが、やはり「区外」は難関でした。

 負け犬の遠吠えになりますが、「区内」だったとしたら、この点で不合格の憂き目にあうこともなかっただろうにと考えると、持って行き所のない「制度に対しての」怒りや悔しさや矛盾を怨む気持ちが溢れ出てくるのを止めることができません。

 鍛え方が足りなかったと言われれば、それまでですが。とにかく、今年も受験の神様には、「選抜テストの厳しさ」を嫌というほど味あわせていただきました。世の中は本当に甘くないです。

 努力すれば必ず報われる、のではなく、努力を積み重ねることによって「報われる可能性が高まる」だけだという人の世の鉄則を再認識させられました。

 でも、この入試での挫折は、きっとそれぞれの人生に何らかの意義を与えるものだと思いたいです。また、そうあれるように試験後の精神的フォローやケアーをしっかりと行いたいと思います。

 高校入試でさえこれほど厳しく辛いのに、大学入試の超厳しさっていうのは想像を絶します。大学入試に挑む塾生・生徒諸君とともに難関にチャレンジする塾の、高校の先生方を心から尊敬してしまいます。

 それにしても、高知から帰ってきて、塾の事務室から涙を呑んだ塾生のおうちにお詫びの電話をする時の辛さ、しんどさ、切なさよ・・・。実際に涙にくれている本人や保護者の方になんとお話してよいものやら。

「本人の頑張りに報いる成果を与えて上げられなくて、本当に申し訳ありませんでした」

そうひたすらに謝り、電話口で頭を下げるばかりです。

 この稼業も思うようにいかず、なかなか厳しいです。今にわかったわけではありませんが・・・。以上、今日の合格発表の報告でした。

 by kururin

作文・「こんな大人になりたい」

 授業の最後に5分ほど時間をとって、「作文」を書いてもらいます。塾生のみんなは日課となって慣れていますから、自分の考えを飾らず、自分の言葉でささっと書いて、一番後ろの机の上に提出して帰宅の途につきます。

 授業がすべて終わってから、家に持ち帰り、じっくりと読ませてもらいます。思いをそのまま綴った文章の端々から、それぞれの心の中にある「想い」を伺い知ることができます。

 塾生の「一人ひとりの心と向き合う時間を創出する」ため、塾を始めたその日からずっと続けています。教科の授業を坦々と行なうだけでは、コミュニケーションが一方通行になってしまいますから、塾生の方から私に投げ掛けてくるコミュニケーションとして私はとっても大切にしてきました。

 全国の塾の先生の中で、作文を読んでいる回数や量ではかなりの上位に食い込めるかもしれません(笑)。

 卒塾を間近に控えた25期の中3クラスの皆の作文を読んでいると、確かな成長を感じます。先日、「こんな大人になりたい」という題で書いてもらいました。その内のいくつかを紹介したいと思います。


『 朝ケ丘中 TS

 私の理想の大人は、常識があって、人を思いやる心を持つ人です。

 いくら自分が仕事の業績が優秀であっても、人の事を考えず自分ばっかで、周りの事が見えていない大人にはなりたくないし、そんな人はなんか寂しい感じがするので、私はそういうのがない、心の優しい人になりたいと思う。』


『 上分中 AA

 私がなりたい大人というのは、気配りができ、相手の気持ちを大切にできる人です。自分だけでなく、自分の周りの人について考えたり、助けたりすることが大切だと思うからです。相手の気持ちになって考えると、自分の欠点も見えてきて、人をより大切にすることができるようになると思います。

 将来、今思っている理想の大人になれるように、日頃から気を付けていきたいです。』


『 久礼中 TN

 僕は昔から理科と数学が好きであり、得意教科でもあります。なので将来は理数の知識を活かし、人の役に立てるような大人になりたいです。

 今は森林伐採などによる地球温暖化が特に問題となってきています。それをなんとか止められるような研究をして、現代の人達や未来の人達のために、いい発見ができたらと思っています。その夢に近づけるよう、高校でしっかり学んでいこうと思います。』


『 須崎南中 HM

 私は、人の役に立てる大人になりたいです。人のために尽くすことのできる器の大きな人になりたいです。

 将来は養護教諭になって、生活面や精神面でも人々を支えれるようになりたいと思っています。そんな大人になれるように、まずはたくさん勉強して色々な知識を身に付けていきたいです。』


『 須崎中 NY

 私は母のような人になりたいです。

 私の母の仕事は、介護というとても大変な仕事ですが、母は常に仕事に誇りを持って働いている人ですし、なにより私たち家族の幸せを一番に考えてくれる人です。

 私も自分の幸せよりも人の幸せを考えられるような人間になりたいですし、仲間に信頼される大人に、また、患者さんから信頼される看護師になりたいと思っています。』


 読んでいて、そのしっかりとした考えに驚き、色々なことを感じ、教えられます。負うた子に教えられ・・・みたいな感じで、人生を歩む時の大切な心構えを気づかされたりします。

 自分の夢に向かって、確かに、真っ直ぐに進もうとするけな気で素直な心に胸打たれるのです。作文の素晴らしさの一つです。作文を通じて意思を通じ合うことの効用はいっぱいあります。これからも、たくさん書いてもらい、たくさん読ませてもらって、ともに成長していきたいです。

by kururin

国歌静聴

 イデオロギーに係わる話題には、ここでは極力触れないようにしています。人それぞれに思想や理念や考えがおありでしょうから、それを尊重したいと私は考えています。

 国旗や国歌に関することもその部類に入ることですから、若い子たちがよく使うところの「ビミョウ」な感じがして論じたくはないのですが・・・。

 今日、ある学校の卒業式に参列したところ、式の最初に行われた「国歌斉唱」の際に、先生方、生徒諸君、保護者の方々、誰一人として起立することなく、また声を出して歌う人も(私の見る限りでは)いませんでした。(座ったまま、小さな声で歌った人は、もちろんいらっしゃると思います。)

 「起立を促す」司会者の言葉もなく、テープかCDに録音されている国歌が、粛々と体育館内に流れるだけでした。

 難しい問題です。校長先生をはじめ、教職員の皆さんの話し合いで決まっていたことなのか、それとも成り行き上ああいう雰囲気になったのか、私にはうかがい知ることができませんが、ちょっぴり異様な時間ではありました。

 今日の塾の際に、今日卒業を迎えた生徒たちに、

「どうしてみんな国歌を歌わんが?(=歌わないの?)」

と聞いてみたところ、面白い答えが返ってきました。

「歌詞を知らんも。(=知らないからだよ。)それに、国歌せいちょうながやき(=なんだから)、座って静かに聞かないかんがやないですか?(=聞かなければならないんじゃあないですか?)」

 そう答えてくれた彼女は、「斉唱(せいしょう)」を「静聴(せいちょう)」と思い込んでいたようです。

 私の立場は・・・、う~ん、ここで旗幟鮮明にすべきではないと自分で判断して、これ以上は述べないようにしておきます。波風を立てるのは嫌ですから(笑)。基本的には、「どちらでも良い」「それぞれの信念に従えば良い」という、日和見主義ですし・・・。

 でも、東京都の都立の高校などでは、起立、国歌斉唱を自らの信念に基づいて拒否した先生方が、東京都教育委員会などから厳重注意をされたり、処分されたりしていると聞いたことがありますから、それは高知県ではどうなのかなと、ちらっと思ったのでした。

 式そのものは、静粛な中に、別れの感傷と旅立つ希望の交錯したとても素晴らしいものでした。

 それにしても、人生の節目の感動に浸ることのできる卒業式を、進学する高校を決定して、こころおきなく満喫できて、先生方や友だち・後輩たちとの別れを惜しむことのできる人たちがいる反面、明後日(日曜)午前9時の公立高校後期選抜の合格発表を控えて、不安と緊張の思いを抱えたまま、卒業の日を迎えるものとの「気分の落差」はいかばかりのものでしょうか!

 生徒の諸君にその責任の所在があるわけではありません。制度上致し方ないことなのですが、私が県の教育長ならば、旅立つ15歳の春に、もっと晴れやかな気分で、友だちと肩をたたきあいながら、心から別れを惜しみ巣立っていける入試の日程に変更してあげるのにな、そう思います。

 by kururin

2008年3月12日 (水)

受験勉強・千秋楽

 川端通り(今はシンボルロードという洒落た名前に変わっていますが)に、鮮やかなピンクの花を満開に咲かせた木があります。艶(あで)やかで華やかな色に目を奪われます。

 確かな春の訪れを知らせてくれるその花は、「椿寒桜(つばきかんざくら)」。なんて素敵な詩情を誘う名前なんでしょう。桑田山(そうだやま)の雪割桜(ゆきわりざくら)として有名な桜と同じなのだと、植木職人の隣のRさん(経理のRさんのご主人)に今日教えていただきました。

 実はこれまでは、華麗な花を枝いっぱいに咲かせて、散歩する市民のみなさんの目を楽しませ、心を華やがせてくれるこの花のことを、すっかり「桃の花」だと独り合点していました。何でもプロに尋ねてみるものです。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥と言いますからね(笑)。

 私の25年目、四半世紀の塾稼業の節目に当たる今年の塾生たちの「受験勉強」は今日をもって千秋楽を迎えました。明日はいよいよ実力と精神力を試される本番の入試日です。

 泣いても笑っても明日の一日の試験の出来ですべてが決します。蓄えてきた学力を十分発揮して、答案に向かってほしいと願います。40分間の最後の最後まで粘り抜き、最後の一分で2点をもぎ取る粘りの根性を発揮して、ボーダーラインを何としてもクリアーしてほしいです。全員に・・・。

 私は燃えるような想いでいっぱいですが、私がなんぼ気張っても仕方ありません。私が受験するわけではありませんからね(笑)。

「それぞれの力がきちんと発揮できるだろうか、ケアレスミスを連発しないだろうか、緊張したりアガったりして普段の力の半分も出せなかったらどうしよう」

などと不安な、ネガティブな思いをいくら押しとどめても溢れてきてしまいます。でも、もういくらあれこれと考えても仕方ありません。明日、思いっきり頑張ってもらうだけです。やることは全部やってきましたから、後は受験の神様の采配に従います。

 大学の応援部のマネをして、コンバットマーチを歌いながら、腕を振って、「がんばれ、がんばれ、がんばれ、○○く~ん(○○さ~ん)」と一人ひとりにエールをきらせてもらいました。みんなちょっと戸惑い、引き気味でしたが、私の応援の気持ちは伝わったと思います。

 Do your best!Good luck!です。

 by kururin

2008年3月 2日 (日)

ガンバレ、がんばれ、頑張れ!

 土曜・日曜の昨日今日は、日中は春めいたポカポカ陽気で、昼下がりの塾の教室の気温はぐんぐん上がります。温度計は20度をさしています。

 窓を開け放って、外の爽やかな空気を教室の中に入れたいのはやまやまなれど・・・、今の時期にそんなことをしたら大ごとです。杉花粉の飛散のピークにあるからです。アレルギー体質の塾生のみんなや私を苦しめる花粉症。またしばらくは辛い季節が続きます。

 目をかきかき、むずむずする鼻を何度もかみながら、授業をしたり、自学自習のお付き合いをしたりしています。日中に活動的に動くと汗ばんできます。ですから、昨日など私は半袖のT-シャツに着替えて授業をしました。早くも衣替え。

 それを見た女子塾生の数人が、クスクス笑っていましたよ。彼女たちはまだまだ厚着をしていますから、私のファッションが信じられないのでしょうね(笑)。

 塾の庭の枝垂れ(しだれ)梅は、今満開の時を迎え、春の訪れを喜ぶかのように咲き誇っています。でも、今年の中3クラスの受験生たちはまだ「五分咲き」です。

 10日後に後期選抜入試本番をいよいよ迎える17名は、もちろん休日返上で土・日関係なく最後の追い込み勉強に励んでいます。そのひたむきな姿は、けな気でいじらしく、そして若者らしい活気に満ちて美しいです。

 2月初めに前期選抜で合格を決めて、気が緩んでしまい、ぐうたらを決め込んで毎日をだらだら、のほほんと遊んで暮らしている者たちとは、顔つきからして違ってきています。やる気と情熱に満ちた目の色で、一日一日を張り詰めた気持ちで頑張り、最後の大一番に真剣勝負を挑んでいるのですから、それは当然かもしれません。

 これでは、学力面はもちろん、厳しい試練を耐え抜き、粘り強く頑張り抜いたという経験と自信の面から言っても、「雲泥の差」が生まれ出てくるのです。

 前期発表の2月4日から後期試験の3月11日までの「1ケ月と1週間」を、真剣に中学3年間の学習の総まとめをするために、寸暇を惜しんで全力で勉強に打ち込む者たちと、合格してダラケきって、余裕しゃくしゃくに毎日遊びほうける者たちとでは、そりゃあ差がつきますよね。

 「厳しい人生への心構え」といった点からも、大きな差がついてしまいます。前期で合格してしまったことがあだになって、高校での学習を甘く見て入学まで勉強に手をつけないままのんびり過ごし、入学してからこぢゃんと苦労し、結局「中途退学」を余儀なくされたケースを中学校の先生から聞いたことありますから、危惧の念を抱いてしまいます。

 合格したら(入試面接のために真面目そうに見せかけていた)態度が豹変、髪の毛を茶色に染めて、眉毛を剃りこんで、一切勉強には手をつけず、4月まで自由気ままに遊びほうける中学生たち・・・。

 学校では、これらの不心得者が、真面目に授業を受けようとせず、先生方や後期を受験する生徒たち、そして合格してからもなんら変わらず一所懸命に学ぶ生徒諸君に迷惑をかけたり、邪魔になるような行為をして授業妨害をしたりといったことがあるやに聞いたことがあります。(私の塾では絶対に許しません。)

 中学校現場で受験指導にあたる先生方は、さぞかしやりにくいことでしょうね。本当に、制度としてこれでいいのでしょうか。

 普段からまったく真面目に授業や自主勉強に向き合わず、受験勉強の「ジュ」の字もやっていない怠け者たちが「受けたものは全員合格」の高校に合格して、浮かれて遊びほうける姿は、見ていて悲しくなります。

 かたや、自分の将来を見つめ、高校受験に正面から向き合って勉強にひたすらに打ち込み、「志(こころざし)」を高く持って(自分にとっての)難関高校にチャレンジした人たちの方が、悔し涙にくれる・・・。なにか、どこかおかしいんじゃあないですか!

 前期に自由に全員を受けさせて、合格者の定員は前期・後期で半分半分という制度の矛盾を感じずにはいられません。難関校にチャレンジする者の多くを泣かせ、努力をしない者たちを甘やかし、ダメにしていく問題点のある制度です。

 ここのBBSで嘆き節をいくら唸ってみたところで、「蟷螂(とうろう)の斧(おの)」に過ぎませんが、やっぱりひと言は言っておきたいのです。高知県教育委員会のお偉いさんたちよ、現場の嘆きに耳を傾けて下さいよ、と。

 そんな試練に嘆くこともなく、受験を控えてひたむきに受験勉強に打ち込む塾生17名のけなげさ、いじらしさよ。なんとしてでも、喜びはじける「十五の春」をつかみとってもらうために、月月火水木金金でともに刻苦勉励です。

 長かったレースは、最後の直線に入りました。みんな、ガンバレ、がんばれ、頑張れ!

by kururin

2008年3月 1日 (土)

東京にもトデン

 中3の英語の文章の中に、

「Change trains at the third stop.」

という一文があり、塾生の一人に訳してもらいました。

「3つ目の駅で汽車を乗り換えなさい。」

 もちろん正解です。でも、東京や大阪など大都会の塾の授業だったらどうなるんでしょう?「汽車」って言葉は今の時代に使われているのかしら。私が東京にいる時には、まわりの友だちはみんな、私が「汽車と思っているもの」のことを「電車」と言っていましたから(笑)。

 汽車っていうのは「蒸気機関車によって客車・貨車を牽引し、軌条の上を運転する車輌」だと手元にある広辞苑には書いてあります。ちっちゃい頃、保育園でお習いした歌の中に、「汽車汽車シュッポシュッポ・・・」というのがありましたし、赤ちゃん言葉では「汽車ポッポ」なんてのもありましたが、今でも通用する言葉なのでしょうか?

 私たちの地元を走るJR土讃線はいまだに電化されていなくて、ディーゼル車となっていますから、「電車」ではありません。田舎ではごく普通に使用する「汽車」って言葉が、都会人に通じない場合は、「列車」と言い換えましょうか(笑)。

「3つ目の駅で列車(電車)を乗り換えなさい。」

これだと訳し方のセンスがぐっとアップしますね。「汽車」なんて訳すと、田舎物丸出しかもね(笑)。

 土佐の高知で「電車」と言えば、お城下の高知市街地を縦横に走る路面電車のことを意味します。通称「トデン」。土佐電鉄の略称です。高知駅から南向けて、桟橋通り方面に走る電車にたまに乗って、はりまや橋を経由して「梅が辻」の電停(中学・高校の最寄り駅)まで通ったことを懐かしく思い出します。(普段は、みんな徒歩または自転車です。)

 30年ほど前、東京・池袋の大学に入学して間もない頃、東池袋から雑司ヶ谷・鬼子母神前・学習院下・面影橋を通って、早稲田まで走っている電車に初めて乗った時に、驚いたことがあります。その電車を「トデン」と呼ぶのだと友だちから教えられたからです。

「トデン(土佐電鉄)って、東京にもあったのか!」

 トデンはトデンでも、「都電(都電荒川線)」だったということに気づいたのは東京生活にもすっかり慣れた頃でした(笑)。思い込みって、ちょっと怖いですよね。土電が東京にあるはずないのに、勘違いしたまま、感心していたのですから、自分でも笑っちゃいます。


 注・都電=東京都交通局営業の路面電車。現在は三ノ輪橋から早稲田までの一線だけ。

 by kururin

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